2005年 03月 08日
最近、僕の家には無言電話がよくかかってくる。
かすかな息づかいは聞こえるので電話の向こうに人がいるのは間違い無いのだが、僕がいくら問いかけても返事は無い。それなのに僕が黙っていると自然に切れる。そんな無言電話が、毎日のように続いた。 誰が?一体?何のために? もしかしたら無言電話の主は嫌がらせのつもりなのかも知れないが、そうだとしたら失敗だ。僕は何故だかその無言電話が嫌では無かった。むしろ毎日の電話が少し楽しみになっていたのだ。 ある日、僕は思いきって無言電話の主に向かって話しかけてみた。 「実はね、僕あなたからの毎日の電話が少し楽しみになってるんですよ。あなたが僕の事を知ってる人か知らないけど、僕半年前に離婚してしまいましてね。一人の夜はやっぱり寂しいもんです。もし良かったら、これからもちょくちょく電話してやって下さい」 それを聞いて無言電話の主がどう思ったのかは分からないが、それからも毎日電話はかかってきた。 「部長が全然話の分からないやつでさ、若手の意見は全部はじかれちゃうんだ。やってらんないよ」 「今K-1見てる?見てないならテレビつけてみなよ。ムエタイの選手がすげーの。名前が」 「部長に言ってやったよ!『考え方が古い』って!部長、目丸くしてたよ」 「今日は昔の友達と飲んでたんだ。楽しかったよ。でも途中で切り上げて帰ってきちゃった。キミから電話がかかってくるって思ってさ。へへへ」 電話の主は何も言わないまんまだったが、僕は一人で喋った。会社の事、友人の事、そしてうまくいかない恋愛の事。奇妙な関係である事は分かっていたが、そんな事はどうでも良かった。僕は恋人を手に入れた気になっていた。まあ、電話の主が男か女かは分かんないんだけど。 しかし、ある日急に電話はこなくなった。 僕は家の電話の前で待ち続けた。一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎた。それでも電話はかかってこない。 僕は向こうの電話番号を知らないので、電話がかかってこなくなった時にこの関係は終わる。その事には気付いてた。でも、それがまさかこんな早く来るなんて…。僕はいつだってそうだ、考え方が甘い。くそ。同じ過ちは繰り返さないとあの時決めたはずなのに! その時、電話のベルが鳴った。 一回目のコールが鳴り終わるより早く、僕は受話器を取った。 「もしもし!」 「…」 「良かった。キミなんだね?もうかかってこないかと思ったよ」 「…」 「切らずに聞いてくれないか。僕はこの一ヶ月ずっと後悔してた。なんでこの幸せがずっと続くと思ってしまったんだろうって。幸せは努力無くしては継続しない。そんな事、身をもって分かってたはずなのに。前にも言ったよね?僕は少し前まで結婚してたんだ。でも彼女は出て行った。僕のせいさ。僕にとって彼女がいる事は当たり前になってしまっていて、彼女を大切にしてあげられなかったんだ。僕はその時思った。二度と同じ事は繰り返さないって。それなのに!…でも良かった。神様は僕に三度目のチャンスをくれたんだ」 「…」 「もし良かったら、キミの事を教えてくれないか?知りたいんだ」 僕が一息にそう言ってしまうと、しばしの沈黙が訪れた。やっぱりダメか…。僕が諦めかけた時、電話の向こうで小さくすすり泣く声が聞こえた。 「?」 「…私です」 「!!」 それは別れた妻の声だった。 「あなたと別れた後、私もずっと後悔していたわ。どうしてあなたともっと話し合えなかったのかって。でも、私から出て行ったのに戻ってくるなんて、都合良すぎるじゃない?」 「そんな事…」 「私はあなたの元に戻れない。でもあなたの事は気になったの。もしかして新しい彼女とかいたらどうしようって」 「それで電話を?」 「そう。とっても卑怯なやり方だったと思うわ、ごめんなさい」 「いいんだ。いいんだよ」 「あなたが私の事覚えててくれて…うれしかった」 そこから先は言葉にならなかった。 僕はもしかしたら電話の主が彼女だって事、気付いていたのかも知れないなあ。 そんな事を思いながら、これで最後になるであろう無言電話を楽しんだ。 #
by taketoshinkai
| 2005-03-08 10:01
| ベストセレクション
2005年 03月 04日
猫型ロボットは声が変わってからというもの、まるで別人のようになってしまった。
とにもかくにも金遣いが荒い。 野球チームを作ろうとしたり、テレビ局を買収しようとしたり。モデルとの合コンでは高いシャンペンを開け、スポーツジムではプロスポーツ選手と同じワークアウトをこなす。もちろんドラ焼きなんかには目もくれない。 今の彼は、まさにセレブレティだ。 彼が僕の家の押し入れに住んでいたのなんて、もうかなり前の事。僕は彼の六本木にあるオフィスを訪ねた。 「なあ。今度は一体どんなひみつ道具を使ったんだい?」 彼は僕の姿を確認すると、鬱陶しそうにこう言った。 「ひみつなんてものは無いけど、あえていうならこのマッキントッシュかな。おっとごめん。今から雑誌の取材があるから、ちょっと遠慮してくれる?これあげるから」 親友に対してその態度はなんだ!僕はそう言いたいのをぐっとこらえ、猫型ロボットが僕に差し出した一台のノートパソコンをリュックに詰めた。今に見ていろ。いつか僕だってお前みたいに、800億円稼いでやるからな。 僕は彼の言う事を信じて、パソコンを毎日いじった。 部屋に閉じこもりがちになった僕は、だんだん学校にも行かなくなった。友人たちやガールフレンドも、最初は僕の事を心配してくれていたようだが、僕の素っ気ない態度にあきれて僕のそばから離れていった。 僕にはパソコンしか無くなった。でもパソコンの電源を付ければ、そこには新しい友人たちがいる。 僕はすっかり、インターネットにハマってしまっていた。 しかし、いつまでたってもお金は儲からない。 おかしいな。猫型ロボットが言ったとおり、ずっとパソコンをやってるってのに。 はっ。もしかしてこのパソコン、壊れてるんじゃ…? 僕は彼に文句を言うため、六本木に向かった。 ずっと部屋にこもりきりだったから、太陽の光が目に染みる。でもそんな事は言ってられない。一刻も早く彼に新しいパソコンをもらって、電源をつけないと…。(中毒症状) 「全然こわれてないよ」 彼は僕のパソコンを触ってそう言った。でもそんなわけないんだ。なんてったって、このパソコンをいくらいじっても、お金が全然入ってこなかったんだから。 僕が彼にそう伝えると、彼は吹き出して笑った。 「ぷー!そりゃあ儲かるわけないわ。僕はこのマックで、何かインターネットビジネスでも始めたらいいと思って渡しただけなんだから」 僕は彼の言っている意味がよく分からなかった。いや、分かりたくなかった。 「まったく、君には『猫に小判』だったみたいだね」 「なんだと!」 その言葉に腹を立てた僕は、周りにあるものを手当りしだい彼に投げ付けた。 マウスを投げ付けられた彼は、真っ青になって怯えていた。 #
by taketoshinkai
| 2005-03-04 15:26
| うそ日記(猫型ロボット)
2005年 02月 28日
僕の住む町には、名前が無い。
僕らはこの町を、ただ「町」と呼んでいる。 別にそれで事は足りる。僕らはこの町から出る事は無いし、誰かがこの町に来るという事も無いからだ。この町で生まれた僕らは、この町で死ぬ。そんな事は、僕らにとって至極当たり前の事だった。 もちろん町にも昔は名前があったんだと思う。 でもそれを覚えている人間はこの町にはいない。今この町にいるのは、町が名前を失ってからやって来た、ほんの少しの人間だけだ。 みんな何か事情を抱えてこの町に来た。町は何も言わず新しい住民を受け入れ、町は生まれ変わった。 でも、名前は無い。 町が名前を失ったのには理由がある。まだ僕が若かった頃、僕はそれを祖父から聞かされた。 もうずっと前に死んでしまった祖父は、町が名前を持っていた時を知っている、当時でも数少ない人間の一人であったのだ。 僕が祖父からその話を聞いたのはもうずいぶん昔の事なので、かなり記憶は曖昧だ。でも僕は、思い出せる限りの事を今から話そうと思う。 それがこの町の、歴史を知る者の定めであるから。 祖父は、町は相次いで起こる事故が原因で名前を失ったのだと言った。 かつてこの町から少し離れたところに、空港があった。 そしてその空港の名前は、何故かこの町と同じ名前。空港と間違えた飛行機が、毎日何台も町に不時着したそうだ。 町中の建物は崩壊。住民の数も、日に日に減って行った。 残った人々はほんのわずか。僕の祖父を始めとする残った住民たちは、今までの町の名前を悪魔の名前として封印する事にした。 そうだ思い出した!その悪魔の名前とは、セントレ… 「ズバリ言うわよ。その名前のままだとこういう風になっちゃう。改名しなさい」 「細木先生、絶好調ですね」 #
by taketoshinkai
| 2005-02-28 01:17
| うそ日記
2005年 02月 25日
僕の彼女はタレントだ。
そう聞くと僕を羨む人もいるかも知れないが、僕にしてみれば彼女はタレントになる前から僕の彼女なわけだから、あまり実感が湧かない。 彼女がタレントになれる位かわいいのなんて、もうずっと前から知ってるよ(のろけ) 僕は、僕と彼女の間に問題なんて一つも無いと思っていた。 少なくとも、今日までは。 僕の職業は刑事である(と言っても、何年にも渡って同一犯に逃げられ続けると言う情けない刑事だ)。 そして刑事の僕にとって、朝刊を隅から隅までチェックするのは毎朝の日課。もちろん新聞に載る前に僕に関係する大体の事件は耳に入ってくるのだが、たまに思わぬ情報を手に入れる事もある。 しかも今日のは、とびきりだ。 「女性タレント、深夜番組で盗みを暴露」 未成年のためだろう、名前こそ伏せられていたが、その女性タレントが僕の彼女である事は、新聞の書き方からも明らかだった。 内容はこうだ。 「とある深夜番組に出た女性タレントが、友人たち数人と、とある商店の食品等をダンボールに詰めて持ち出した事を告白。視聴者から非難の声が多く集まっている」 彼女はなぜそんな事を…。 僕は彼女に裏切られたような気持ちになった。そりゃあ僕は刑事で、言えば彼女を止めようとするだろう。それでも僕は言って欲しかった。僕と彼女は、恋人同士なのだから。 彼女にかけた電話はつながらず、僕の彼女への不信感はつのっていった。 でも、僕は彼女を信じたい。もし彼女になにか理由があったのなら、僕はそれを知りたいんだ。 僕はコンビニで新聞を買い集め、記事をもう一度よく読み直した。 そしてもう一つの真実が浮き彫りになる。 彼女が盗みを働いたその事件は、僕が以前扱ったものだったのだ。 そしてそれはすなわち、彼女は、僕という刑事がずっと追い続けていた盗賊団の一人だという事を表す。 全てが僕の中でつながった。 彼女がテレビで語った幾つかの嘘と、彼女が僕に内緒にしてまで罪を重ねた理由。今僕の中にある仮説なら、その全てにつじつまがあうのだ。 おそらく、彼女が言った友人とは、彼女の姉と妹の事だろう。 そして、彼女たちが持ち出したダンボールの中に食品は入っていないはずだ。入っていたのは、彼女たちの父親の絵。間違いない。 「…君が…君たちがキャッツアイだったんだね…」 そう呟いた僕は、この事を永遠に誰にも話さないと心に決めた。 #
by taketoshinkai
| 2005-02-25 22:54
| うそ日記
2005年 02月 22日
上京をきっかけに一人暮らしを始めた。
二十年弱も実家と言う監獄に閉じ込められていた僕は、開放感に浸っていた。 寝る時間だって気にしなくていい。タバコだっておおっぴらに吸える。ここでは言葉にする事もはばかられる事だって、思う存分出来るのだ。ああ、一人暮らしってなんて素敵なんだろう。 とは言え、寂しくないと言ったら嘘になるのだけど。 しかし僕は、ほぼ勘当同然で家を飛び出してきてしまったため、仕送りはおろか、親の顔を見に帰る事すら出来やしない。 でも母さん、僕がいつかビッグになったら会いに行くからね。それまでお別れだ。 とにかく僕にはお金が無かった。 こんな六畳一間のボロいアパートだって、東京じゃけっこうな家賃がかかる。それに加えて生活費や交際費。もともと少ししか無かった貯金も底を尽き、バイトだけじゃどうにもならなくなっていた。 そこで僕は「つもり貯金」を始めることにした。 つもり貯金とは、勝手に「買ったつもり」「使ったつもり」になって、浮いたお金を貯金すると言うもので、想像力だけは人一倍の僕にはぴったりの節約法だ。 目を閉じて、欲しかったものを手に入れた自分を想像する。 先ずは前から欲しかったMac miniにしよう。あんまり大きいパソコンじゃ、ウチの 六畳一間じゃ入り切らないからね。でもこんだけ小さいと、くしゃみしたらどっか行っちまいそうだな。なんつって。だはは。 えーと次はやっぱりマイカーだな。どうせならでっかくてかっこいい車がいいや。おっ、このデコトラってのいいんじゃない?派手だし、誰も乗ってないだろうし。 でも買ったはいいけど置く場所が無いなあ。まあいいや、捨てちゃえ。 よし!もうこうなったらニッポン放送も買い取っちゃおう! ライブドア?フジテレビ?よく分かんないけど金さえだせばいいんでしょ?? ほら、お金なんてタダなんだから、いくらだって払うよ。 僕の欲求はとどまる事を知らなかったが、別にそれで困るという事も無かった。 なんせ全部「つもり」なのだ。目を閉じればそこは、僕の願いがすべて叶うワンダーランド。この世界での僕は、誰よりも裕福だ。 それでも僕は満たされなかった。僕は、ホームシックになっていたのだ。 おいは、母さんの手料理が食いたいとです(訛り)。 僕は目を閉じ、いつものようにつもり貯金を始めた。でもそれは、貯金したって一円の得にもならないもの。なのに僕にとっては何より大切なもの。母さんだ。 ああ、今日はいつもにも増して調子がいいみたいだ。だって母さんが、こんなにリアルに…。 「アンタ、目つぶって何しとるんかね」 「母さん!本物の母さん!!」 「本物って何よ」 「いや、こっちの話たい」 「まったく心配になって見に来てみれば…。でもお父さんには内緒だけん」 「はは」 会いたいっていう想いが伝わったのかな、と思った。そんな事恥ずかしいから、絶対口には出さないけどね。 その時、僕のおなかが大きく鳴った。そりゃそうだ。食べた「つもり」になってるだけで実際にはここんとこ何も食べてないんだから。 母さんがあきれたように口を開く。 「あらあら。アンタ食べてないんか」 「うん。あんまり」 「しょうがない。じゃあこれで何か旨いもんでも食べるとよか」 そう言って母さんは、割り箸を僕に渡した。 #
by taketoshinkai
| 2005-02-22 01:06
| うそ日記
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