2005年 06月 05日
僕の父親は宗教団体の教祖だ。
父の営む宗教団体はいわゆる「カルト教団」といったようなものでは無いのだが、それでも信者からのお布施などで生計を立てているのには代わりは無いし、そのお布施に見合った何かを父が信者たちに与えているとは思えなかった。 父が教祖になったのは今から数年前の事だ。 もともとよく当たると評判の占い師だった父は、熱心な客の一人に話をもちかけられて宗教団体を始めた。はじめは数人で始めたこの宗教団体も、父が当時の社会問題の幾つかを事前に予測したという事もあり、一時は100を超える信者が集まる、かなり大きな組織となった。 大きな宗教団体の教祖となった父。父にしてみれば、占い師の延長のつもりでやっていたのだろうが、世間はそうは見ない。 父は、地元の住民達の反発や、暴力団からの圧迫、警察の取り締まりなどですっかり疲弊してしまい、それと同時に父の未来を予測する能力はすっかり衰えてしまった。 父は事あるごとにこう言った。 「俺の力じゃこれが限界なのさ。でも数雄(僕の事だ)、お前には才能がある。それこそ俺なんか及びもつかないような、未来を読む才能がな。どうだ数雄、俺の跡を継がないか?」 そして僕は、そんな父親が大嫌いだった。 少なくとも、1か月前までは。 今年の春、僕は父の猛反発を受けながらも、ある企業に就職をした。 毎日電車に揺られて会社と実家の往復。仕事だって、本当にやりたい事だったのかは分からない。でも僕は、父の敷いたレールからはみ出せた事に満足していた。 自分で働いて稼いだお金でご飯を食べる。当たり前の事だけど、それが誇らしかった。 就職して数週間が過ぎた。 早起きにも少しずつ慣れてきて、最近では自分でお弁当を作っている。お金を貯めて、実家を出る資金にするためだ。 ネクタイを締め、お弁当を持って出かけようとしたその時、最近では全く会話を交わす事すら無かった父が僕に言った。 「悪い事は言わない。今日の会社は休め」 「は?仕事ってのはそういうもんじゃ無いんだよ、お父さん」と、僕が家を出ようとすると、父はもの凄い力で僕を引き倒した。僕は食器棚にぶつかり、何枚かの皿が音を立てて割れる。 「今日の会社は休め」 「…一体何だってんだよ!また何か予言でもしたってのか?当たらない予言につき合わされるこっちの身にもなってくれよ!俺はな、あんたとは違う。予言に振り回されて生きるつもりなんか毛頭無いんだよ!」 僕が思いの丈をぶつけると、父は心底悲しい顔をした。しまった。少し言い過ぎたか。 その時、つけっぱなしにしていたテレビからニュースが流れた。 電車が脱線してマンションに突っ込み、大事故になったと言うのだ。そしてそれは、僕が乗るはずだったものであった。僕は背中がぞくりとする。 「…俺はお前が生きていてくれれば、それでいいんだ」 「父さん…」 「まあ、そう思えるまでに少し時間はかかったがな。考えてみれば当たり前の事だ。息子が親の敷いたレールに乗って生きる必要なんて無い。レールからはみ出してこその人生だ」 僕は息を吸い込んで、父にこう返す。 「父さん、不謹慎だよ」 (尼崎脱線事故で亡くなられた被害者の方々のご冥福をお祈り致します)
by taketoshinkai
| 2005-06-05 15:56
| うそ日記
|
ファン申請 |
||